にんじんが走る=ピクピクとなること
私の母や祖母は、よく「あ、にんじんや」とか「にんじんが走った」といっていた。
「にんじんて何?」と母に聞くと、「ピクピクってなるねん」という。
「どの辺がなるねん?」と聞くと「脇腹とか肋骨とか、いろんなとこに出て動くんねん」という。
「わからへん」というと「まだ子供やしならへんね、大きなったらなるわ」と教えてくれた。
やがて、私も脇腹とか肋骨のへんがピクピクっと痛くなるようになった。
軽い痙攣のような、神経痛のような、神出鬼没の痛みが走る。
「なるほど、これがにんじんか」と思い、母に「にんじんや」と報告すると、「にんじんたたいたら死ぬで。絶対たたきなや」と教えてくれた。
ところが、母方の人以外は誰も「にんじん」にならないし、「にんじんや」というと大笑いする。
「そんなもん、聞いたことがない」という。
最近ネットで調べたら、「にんじんが走るといいませんか?」との問いは、「聞いたことがない」と一蹴されている。
ほんまに「にんじん」はあるんやで。(あ、今もにんじんが左の肋骨に)
ちなみに、母方の祖父母は兵庫県城崎と豊岡の出身、母は京都府の城陽町の出身。
私も城陽町(今は城陽市)に小学校3年生までいて、京都市内に引っ越した。
だから、「にんじん」が兵庫県の方言なのか京都の方言なのかわからない。
実家が九州の父親に聞くと、「そんなん知らん」とヘンな京都弁でそっけない。
不思議な「にんじん」について、正しい記録を残したいものだ。
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タマは体が大きく、近所の猫が家のまわりに来ると、じっと睨みつけて一歩も引かない。兄貴分のトリケラと一緒に、しっかり縄張りを維持していた。おとなしく、けっして人に噛みついたりしないが、何を考えているのかわからない。そんなタマでも、20年もいっしょに住んでいると、何か食べたいのか、水が飲みたいのか、表に出たいのか、そういう意思の疎通は出来るようになる。











































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